投稿小説◆1
帰ってきたミーコ
PIUKAさん 作



 ミーコが姿を消して、一週間になる。
「ミーコ・・・やっぱりかえってきてないや・・・」
学校から帰った瑞穂は、庭を見回してため息をついた。
「お母さーん、ミーコ見かけた?」
一応、という感じで母親にも聞いてみる。
「ううん、まだ帰ってないわね・・・」
「そう・・・」
瑞穂は悲しそうに下を向いて部屋に入っていった。机の上の写真たてに、猫を抱いた少女の写 真が飾られている。
「ねえミーコ、どこにいるの?帰ってきて・・・」
瑞穂は写真に向かってつぶやいた。目には涙があふれている。

 瑞穂が、捨て猫だったミーコと出会ったのは、もう十年も前のことになる。父親が単身赴任していて寂しかった、幼い瑞穂は、ある日の保育園の帰り道でボロボロのダンボール箱に入れられた猫を見つけた。瑞穂は、猫に駆け寄ってダンボールから抱き上げた。
「猫さん、かわいいね。でも、もう帰ろうよ」
しばらくして、母親がそう言っても瑞穂は猫を放さなかった。
「猫さん、おうち、連れて帰る!」
「みーちゃんには、お世話できないでしょう」
「できるもんっ!」
母親が手を引いても、瑞穂は猫を抱いたままその場を動かなかった。結局、瑞穂の真剣なまなざしに、母親のほうが折れた。
 ミーコと名づけられたその猫は、すでに大人猫に成長していたが、猫にしては人懐っこく、一通 りのしつけがすんでいた。すぐに、瑞穂だけでなく母親や近所の住民にもかわいがられるようになった。
「ミーコ、ごはんだよー!」
瑞穂は、張り切って、とても楽しそうにミーコの世話をした。保育園では、帰ってミーコと遊ぶのが待ち遠しくて仕方なかった。ミーコも、誰よりも瑞穂を好きになってよくなついた。瑞穂が帰ってきた物音がすると、玄関に走っていった。瑞穂がミーコを布団に入れることもあった。ミーコとじゃれ合う瑞穂のとても幸せそうな笑顔からは、ミーコがいとおしくてたまらないという気持ちがまわりに伝わった。ミーコと触れ合う、生き生きとした瑞穂の姿を見て、母親もミーコを飼ってよかったと実感した。

 瑞穂は、夕食もすこし食べただけで残して、また部屋に閉じこもった。こんな日が続いている。しばらくして、部屋のドアをたたく音がした。
「ねえ瑞穂、入ってもいい?」
母親の声がした。 瑞穂は黙ったままだった。
「瑞穂、入るわね」
しばらくして母親はそっとドアを開けた。そして、部屋の隅に座り込んで、うつむいて涙を流している瑞穂の顔をのぞき込んだ。
「瑞穂、ミーコのことなんだけどね・・・もう帰ってこないかもしれないって思うの」
母親は言いにくそうに言った。瑞穂はゆっくり母親のほうに振り向いた。
「あのね・・・その・・・猫って、死ぬときが来ると・・・」
「やめてっ!」
瑞穂は母親の話をさえぎってさけんだ。
「死んでるなんて・・・まだ分かんないじゃない! 無責任なこと言わないでよ・・・」
瑞穂はまた泣き続けた。
「瑞穂の気持ちは分かるけど、でも・・・」
 そして、その次の日の夕方、瑞穂にとって忘れられない出来事が起こったのだ。
「瑞穂、瑞穂!」
部屋にいた瑞穂を、母親がしきりに呼んでいる。瑞穂が一階に降りてくると玄関の前で母親が手招きしている。玄関の戸が開いている。
「さっきからずっと猫の鳴き声がするの。ひょっとしたらミーコじゃないかしら・・・」
「本当!?」
瑞穂は外へ飛び出していった。かすかに、猫の鳴き声がする。
「ミーコ、帰ってきたの?」
瑞穂は大声で呼び続けた。瑞穂の背後から、みゃお、みゃお、という声が近づいてくる。しだいにその声は、瑞穂のすぐそばから聞こえるようになった。瑞穂は振り向いた。そこにいたのは、確かにミーコだった。
「ミーコ! ミーコ帰ってきたんだねっ!」
瑞穂はミーコに駆け寄って、ミーコを抱き上げると思い切りぎゅっと抱きしめた。
「ミーコったら、心配したんだから・・・けがしてない?お腹すいてるよね」
ミーコは、瑞穂に抱かれて気持ちよさそうだった。瑞穂の手をなめたり、瑞穂の服にじゃれ付いて軽く引っかいたりしている。
「お母さん、ミーコ帰ってきたよ!」
瑞穂はミーコを抱いたまま家の中に飛び込んだ。ミーコは瑞穂の腕の中でじっとしていた。
「本当!? あ、本当ね。よかったぁ・・・」
母親はすぐに猫用の缶詰を開けてくれた。
「ミーコ、お腹すいてるよね、食べて」
瑞穂は缶詰の前にしゃがんで、床のすぐ上でミーコを抱いている手を放した。次の瞬間、ミーコの身体は、ドサッと床に落ちた。
「ミーコ、どうしたの!?」
瑞穂は驚いてミーコの身体をゆすった。ミーコの身体は少しも動かなくなっている。母親もいっしょにミーコの身体をゆすった。ミーコは息をしていない。身体が少しづつ硬くなっていく。
「ミーコ・・・」
瑞穂は、その場に泣き崩れた。
 その夜、瑞穂は一睡もしなかった。ベッドの中で、涙が止まらなかった。

「瑞穂・・・あ、起きてるの。そろそろ、学校行かないと・・・」
 翌朝、母親が瑞穂を起こそうと、瑞穂の部屋に入ってきた。
「行きたくない・・・」
瑞穂は、ベッドの隅に座り込んだままだった。
「つらいのは分かるけど・・・でも・・・」
「・・・・・・」
瑞穂は黙っている。
「じゃあ、しばらくして落ち着いて、学校行けそうになったら行ってね」
母親はそう言って、静かにドアを閉めた。
「ミーコ・・・せっかく帰ってきたのに・・・どうして・・・」
瑞穂はまた泣き続けた。
 結局、瑞穂はその日、学校を休んだ。夕方になって、同級生が訪ねてきた。母親が玄関の戸を開けた。
「ちょっと、お邪魔します。小牧さん・・・瑞穂さんと同じクラスの伊奈っていいます。あの、瑞穂さんに渡す物があるんです」
伊奈というその少女は、プリントを何枚か差し出した。
「あら、どうもありがとう。ええと・・・これは保護者用ね。こっちは・・・。あ、そうだ、ちょっと待っててね」
母親はそう言って奥の方に行った。
「瑞穂、ちょっといい?」
母親は、瑞穂の部屋のドアをそっと開けた。
「何・・・?」
目を腫らした瑞穂が振り向いた。
「伊奈さんって子が、プリント届に来てくれてるわよ」
「え?そう・・・お礼言わなきゃ・・・」
瑞穂は、少し戸惑いながら立ち上がった。席替えで近くの席になったばかりの、瑞穂とは、まだそれほど親しくない同級生だった。
「まあ、無理しなくても、しっかりお礼言えるときのほうが・・・」
「ううん・・・大丈夫・・・だと思うから・・・」
瑞穂は、玄関に出てきた。
「あ、伊奈さん・・・わざわざありがとう・・・」
瑞穂は、笑顔を作って言った。
「小牧さん、気分どう?」
伊奈が聞いた。
「・・・・・・」
「よくないの?そういえば・・・顔色あんまりよくないみたいだね、大丈夫?」
伊奈は、心配そうに瑞穂の顔を見つめている。
「あ、ううん、気分は平気・・・」
「本当?でもなんか元気ないみたいだから・・・」
伊奈は、まだ心配そうだ。
「あのね、この子今すごく悲しいことがあって・・・それで、ちょっとね・・・」
瑞穂の母親が口をはさんだ。
「そうだったんですか・・・」
伊奈の表情が、深刻そうになった。
「ううん、そんなたいしたことじゃないから・・・」
瑞穂は、無理をして目を腫らしたまま笑って見せた。猫が死んだことでこんなに落ち込んでいるなんて言ったら呆れられる、そう思っていた。
「そうなの・・・本当に?」
「・・・・・・あのね、私・・・ううん、変だよね、飼い猫が死んじゃって・・・それだけでこんなに、落ち込んでて・・・でも・・・でも・・・」
そう言い始めると、また涙が流れて止まらなくなった。
「小牧さん・・・」
伊奈は瑞穂の肩にそっと手をおいた。
「ごめんなさい、そんなことしつこく聞き出しちゃって・・・それは、つらいよね」
「伊奈さん・・・」
馬鹿にされると思いながらも、誰かに悲しみを打ち明けたかった瑞穂にとって、伊奈の言葉はとても優しかった。
「ミーコね・・・一週間くらいどっか行っちゃってて・・・すごく心配だった・・・でも昨日帰ってきたの・・・そのときは・・・とっても嬉しくて・・・なのに・・・それなのに・・・それからすぐに・・・私が抱いてる間に・・・なんで・・・なんでせっかく帰ってきたのに・・・」
瑞穂は、言葉をつまらせながらも話した。
「ねえ、小牧さん・・・私、思うんだけど・・・猫ってね、死ぬときはどっか行っちゃってひとりで死ぬ んだって聞いたことがあるの」
「うん・・・お母さんもそんなこと言ってた。でも・・・ミーコは・・・帰ってきたのに・・・せっかく・・・帰ってきたのに・・・」
「だからね、その子、小牧さんのことがホントに好きだったから、生きてる間に帰ってきたんだよ」
「えっ?」
瑞穂は、少し戸惑って聞き返した。
「きっと・・・小牧さんのあったかい腕の中で、逝きたかったんだと思うの」
伊奈は、瑞穂の顔をしっかり見つめて、優しく微笑みながら言った。
「・・・本当に・・・本当にそう思う・・・?」
瑞穂が聞くと、伊奈は微笑みながらうなずいた。
「小牧さんにとって、そんな大切な猫だったんだもんね。本当に、つらいよね・・・。がんばれ、とか無責任なこと言えないけど・・・でも、少しずつ・・・少しずつ元気になっていけると思うから・・・」
「うんっ」
瑞穂は、涙ぐみながらも、しっかりうなずいた。
「伊奈さん・・・来てくれて本当にありがとう・・・今日伊奈さんに会えてよかった・・・」
瑞穂は、涙を拭いながら、少し微笑んだ。

 伊奈が帰ったころには、かなり日がくれていた。
 瑞穂はその夜、少し夕飯を食べた。昨日からずっと何も食べていなかった。
「ねえ、ミーコ・・・お葬式してあげようか?」
夕食が終わってしばらくして、瑞穂は母親に話しかけられた。
「ううん、ミーコ、熱いの嫌いだから・・・。埋めてあげたいな」
瑞穂は、割りと落ち着いていた。
 ミーコは、気に入ってよく登っていた木の下に、瑞穂の手で手厚く葬られた。そして、瑞穂は木の前で手を合わせた。静かに涙が流れた。
「ミーコ、帰ってきてくれて、ありがとう・・・」






◆館長の感想◆
「一読して、書き慣れてるな、と思わせる無駄のない文章、その中に少女の情感が淡く、瑞々しく描かれていて、切ないのに、どこか清々しい気持ちにさせてくれる作品ですね」
PIUKAさん、ありがとうございました!
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